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かぐや姫の物語
| 放送年 | 2013年 |
|---|---|
| フォーマット | 劇場版 |
| 話数 | 1話 |
| 原作 | その他 |
| 制作 | Studio Ghibli |
竹切りの翁が森で竹の中から赤ん坊を発見し、妻のおうなとともに姫として育てることにします。その子・かぐやは常人離れした速度で成長し、並外れた美しい女性へと変わります。翁は同時に金を発見し、これにより一家は富裕層へと身分が上がります。かぐやは多くの求婚者から求められるようになります。
作品概要・あらすじ
あらすじ
山中で竹を割ると、中から小さな赤ん坊が現れた。竹取りの翁は妻のおうなとともに彼女を「かぐや姫」と名付け、大切に育てる。姫は人並み外れた速さで成長し、たちまち美しい女性へと成熟していく。翁は竹の中から金や宝も次々と見つかり、一家は都へ移り富裕な暮らしを手に入れる。その噂は広まり、高貴な男たちが次々と求婚に現れるが、姫の心は誰にも向かない。喜びと哀しみが交差する、ある姫の生の物語。
みどころ・魅力
① 高畑勲が描く「線の動き」——日本絵画の美学を動かす圧倒的な映像表現
鉛筆の走り書きや水彩のにじみを活かした独特の作画は、日本の絵巻物や浮世絵の美意識を現代アニメに昇華したもの。とりわけかぐや姫の感情が爆発するシーンでは、輪郭線が乱れ絵が白く溶け出すような演出が使われ、静と動の振れ幅が見る者を圧倒する。
② 「幸福とは何か」を問い続ける物語の深度——ファンタジーの皮をまとった実存的テーマ
翁が娘のために求める「豊かな暮らし」と、かぐや姫が本当に望む「生の喜び」はすれ違い続ける。都の生活・求婚・礼儀作法——外から与えられる幸福の形と、自分の内側から湧き出る感情との乖離が、物語全体を通じて丁寧に積み重ねられる。
③ 二階堂和美による主題歌と、久石譲の劇伴——音と映像が一体となる体験
エンディングテーマ「いのちの記憶」は物語の余韻をそのまま歌に変えたかのような楽曲で、エンドロールで多くの観客の涙を引き出した。久石譲の劇伴も場面ごとの感情を繊細に支え、視覚と聴覚が同時に揺さぶられる稀有な映画体験を生み出している。
キャスト・声優一覧
















スタッフ
| 監督 | 高畑勲 |
|---|---|
| キャラクターデザイン | 田辺修 |
| 音楽 | 久石譲 |
| 美術監督 | 男鹿和雄 |
| ED | 二階堂和美「いのちの記憶」 |
トレーラー・MV
▲ 公式トレーラー(公式YouTube)
OP・ED
ED
感想・評価
最初に見たとき——第一印象と、見ることになったわけ
公開当時、劇場に行かなかった。理由は単純で、「ジブリの新作」という情報量だけで満足していた。あとから配信で見たとき、最初の30分は「ほのぼの系か」と思いながら見ていた。それが完全に間違いだったと気づいたのは中盤以降で、ある場面を境に空気が変わる。変わって、戻らない。
2回目に劇場のスクリーンで観たとき(アンコール上映だった)、既に結末を知っているのにあの終盤の音楽が流れ始めた瞬間に涙が出た。知っているから余計にきつかった。見終わった後、しばらく席を立てなかった。隣の席の知らないおじさんも動いていなかった。
「生きたかった」という叫びを、誰も正面から受け止めてくれなかった話
この映画を「竹取物語のアニメ化」と思っていると、かなりの部分を見逃す。原作の骨格は借りているが、高畑勲が描きたかったのは別のことだ。
かぐや姫はずっと「生きたい」と思っている。山で走り回り、泥だらけになり、捕まえた蛙を逃がし、仲間と歌う——あの序盤の描写が後半のすべての土台になっている。あそこに彼女の「本当の望み」がある。
翁はかぐやを愛している。疑いなく。ただその愛が、かぐやの望みとはまるでかみ合わない。翁が追い求めるのは「姫としての幸福」であり、かぐやが欲しいのは「人としての生」だ。この二つはこの映画の中で一度も一致しない。一致しないまま、物語が終わる。
求婚者たちも同じ構造をしている。誰一人、かぐや姫を「人」として見ていない。美しさに群がり、不可能な試練に挑み、傷つき——でもそれも全部、かぐや姫という「概念」への執着であって、彼女自身ではない。捨丸だけが例外のように見えるが、彼もまた別の幻想を体現しているにすぎない、という読み方もできる。
この映画が重いのは、悪人が一人も出てこないからだと思っている。翁は悪くない。おうなも悪くない。求婚者たちも(滑稽ではあるが)悪ではない。それでも、かぐや姫は「生きたかった」という言葉を誰にも届けられないまま月に帰っていく。善意だけで人を追い詰められるという話を、これだけ真正面から描いた作品は多くない。
かぐや姫が「罪と罰」を受けて地上に来た、という設定の意味も、2回目以降でじわじわ効いてくる。地上に憧れたから、地上に堕とされた。でも彼女が愛した地上の「命の喜び」は、月の存在には本来持てないものだった。欲しいものを与えられながら、持ち続けることを最初から許されていない——その残酷さが、この映画全体の通奏低音になっている。
特に刺さったシーン
終盤、月からの使者が迎えに来る直前のシーン。かぐや姫が屋敷の外に飛び出し、夜の空を見上げながら「地球よ……」とつぶやく場面がある。あそこの朝倉さやさんの声が、本当に何もできなかった。叫ぶわけでも泣くわけでもなく、ただ静かに、惜しむように言う。その「惜しみ方」の質量が異常だった。
BGMも含めてあの場面の設計が凄まじくて、久石譲の音楽が感情を煽るのではなく「沈めていく」方向に機能している。スクリーンで観たとき、音響の低域がそのまま体に来た。映画館でないと伝わらない体験がある、という言い方は好きじゃないが、あの場面だけは劇場の音圧で聞いて正解だったと思っている。
あと序盤、かぐやが山を駆け回る場面の作画。高畑演出特有のラフな線が、スピードと生命感を同時に表現していて、後半の「失われるもの」への布石として機能している。あそこが生き生きしているほど、終盤がつらくなる仕組みになっている。
読んで見たくなったら——『かぐや姫の物語』はdアニメストアで視聴できる(31日間無料)。
この作品が刺さる人・合わない人
刺さる人
- 「愛されているのに苦しい」という経験に覚えがある人
- ジブリ作品の中で『火垂るの墓』や『おもひでぽろぽろ』が好きな人
- 説明しすぎない映画が好きな人(この映画はかなりの部分を観客に委ねる)
- 作画アニメとしての密度を楽しめる人。水彩・鉛筆タッチの画面設計は独特で、これ自体が体験になっている
合わない人・注意が必要な人
- 「2時間17分」という尺に対して素直に構えられない人。中盤は意図的にテンポを落としているため、乗り切れないと長く感じる
- カタルシスを求めている人。この映画は何も解決しない。誰も救われない。その手触りに耐えられない状態のときは避けたほうがいい
- 精神的に余裕がないとき。普通に削られる。見るタイミングを選ぶ映画だと思っている
次に見るなら
火垂るの墓(1988)——同じ高畑勲監督作品。「善意で動く大人たちの中で、子どもが生きられなくなる」という構造が共鳴する。かぐや姫と続けて観ると、高畑が生涯何を描き続けたかったかが見えてくる気がする。こちらは戦時日本が舞台のため、心の準備はさらに要る。
おもひでぽろぽろ(1991)——こちらも高畑作品。派手な事件は何も起きないが、「自分が本当に望んでいることを、自分が一番わかっていない」という主題がかぐや姫と地続きになっている。地味な映画だが、刺さる人には深く刺さる。
この世界の片隅に(2016)——戦時下を生きる女性の話で、テーマは異なるが「与えられた場所で、それでも生きようとする人」を描く点で通じるものがある。かぐや姫が月に帰らざるを得なかったのとは対照的な、「地上に留まり続ける」物語として。
配信・視聴情報
| サービス | 配信 | 月額 | 無料期間 | 作品数 |
|---|---|---|---|---|
| ABEMAプレミアムイチオシ | × | ¥680〜(税込) | 無料あり | 1,000+ |
| Amazonプライムビデオ | × | ¥600(税込) | 30日間 | 1,700+ |
| クランクイン!ビデオ穴場 | × | ¥990〜(税込) | 最大1ヶ月 | 7,000+ |
| dアニメストア | ¥660(税込) | 31日間 | 7,200+ | |
| U-NEXT | × | ¥2,189(税込) | 31日間 | 6,000+ |
| DMM TV | × | ¥550(税込) | 14日間 | 6,300+ |
| Netflix | × | ¥890〜(税込) | なし | 1,600+ |
| Hulu | × | ¥1,026(税込) | なし | 2,900+ |
| Disney+ | × | ¥1,250〜(税込) | なし | 500+ |
よくある質問
まとめ
『かぐや姫の物語』はdアニメストアで視聴可能です。137分の長編ですが、映像・音楽・物語が高密度に絡み合う作品のため、ぜひ大画面・良音環境での鑑賞をおすすめします。スタジオジブリ屈指の問題作として語り継がれる一本を、配信でじっくり体験してみてください。